誰に?【オリジナル小説】【短編】
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オリジナル小説です。
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私は、いつも何かにイラついていた。
できない人間を見ると、
「なぜ、そんなこともできないのか」とイライラして、
つい怒ったような口調になってしまう。
先日も、上司から態度に気をつけるようにと注意された。
今は、少しでもきつい言い方をするとパワハラだと言われてしまう。
頭では理解している。
できないことがあるのは、仕方ない。
これから、できるようになればいい。
そうなるように、頑張ればいいのだ。
それでも、誰かが「できない」ことに、どうしてもイラつく。
「今日から、よろしくお願いします」
中途採用で入ってきた後輩の指導をすることになった。
とは言っても、年齢は私より1つ上で、経歴を見れば優秀そのもの。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
後輩の彼女は、教えることをすぐに覚えて、
私なんかよりも、仕事のできる人間だった。
同じ業種からの転職だったから、
ただ、この会社のやり方さえ教えれば、それで十分だったのだ。
彼女は、私よりも優秀で、
すぐに独り立ちしていった。
彼女と出会うまでは、
「できない誰か」にイラついていたけれど、
「できる彼女」にも、なぜかイラついていた。
普通に接しているつもりでも
それが態度にも出ていたからか、
彼女は、私に対して一定の距離を置いていた。
独り立ちしてからも、仕事に関する話をすることはあったし
質問をしてくることもあったが、
所詮は、仕事上の関係で、お互い私情は挟まない。
それが、大人の仕事の仕方である。
彼女と仕事をするようになって3ヶ月ほど経った頃、
大学時代の友人に強引に誘われた合コンの帰り、
コーヒーでも飲んで帰ろうと、喫茶店に入った。
時間は、夜の9時。
友人たちは、今ごろ二次会を楽しんでいるだろう。
「おひとり様ですか?お好きな席へどうぞ」
店内の奥に足を進めて行くと、
あるテーブルに目が止まった。
タブレットパソコンと、数冊の本や、いくつかの紙の束が広げられて、
真剣な顔をして、集中している彼女がいたのだ。
「あ」
思わず、声が出てしまった。
「え?」
顔を上げた彼女を目が合う。
「わぁ!こんな所で会うなんて!」
恥ずかしそうにテーブルの上を隠そうとしているけれど、無駄である。
「資格の勉強ですか?」
「あ、えーと、座ります?」
「え、まあ、じゃあ」
気まずくはあるが、ここで断っても変な空気になってしまって、
お互い嫌だろうと、向かいに座った。
店員の女の子が水を持ってきてくれたので、
カフェオレを頼んだ。
「こんな所で、会うなんてびっくりしました。この近くに住んでるんですか?」
「いえ、大学時代の友人たちと飲み会だったので」
「そうなんですかぁ」
会話しながら、彼女は机の上に片付けている。
本のタイトルから察するに、仕事に関するもののようだった。
「勉強ですか?」
「はい。私、人の何倍も努力しないと、人並みになれないので」
彼女は、とても優秀だし、それは会社でも認められている。
「不安、なんですよね。常に何かしていないと。自信が持てなくて」
恥ずかしそうに笑う彼女。
その言葉は、嘘ではないとわかった。
自分に足りていないものが、彼女にはある。
ああ、私は顔の女の嫉妬していたのだ。
だから、私は彼女にイラつくのだ、と。
できないことを、できないままにしている自分に腹が立つ。
自分と同じ誰かにも腹が立つ。
どれだけ優秀でも、歩みを止めずに努力できる彼女に腹が立つ。
努力したいと思っているのに、できない自分に腹が立つ。
私は結局、誰かに怒っていたのではない。
自分に怒っていたのだ。
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