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私が考えていた貯蓄の考え方が正しかったと痛感しています。

 

 
こんにちは、泪-rui-です。
 
 
先日、主人から言われました。
 
 
「給付金が入ったら、どこに遊びに行くかリストアップしておいて」
「あと入ってくる給付金をどれだけ娯楽のために使うのかも決めておいて」
 
 
主人は、外出好きなので外出自粛がかなり堪えているようです。
 
本来ならば給付金は全部使いきって経済を回すことが大切なのは理解しているのですが…。
一気には使いませんよ。
 
我が家は世帯主である主人がマイナンバーカードを持っていないので、
給付金が入ってくるのは、かなり遅くなります。
 
夏のボーナスとどちらが早いのか…と思っています。
 
 
私が結婚当初から目標に掲げていることがありまして…。
 
 
「もしケガや病気などが理由で収入がゼロになっても、半年は通常通りの生活ができるだけの貯蓄を目指す」です。
 
ちなみに、保険や労災などで入ってくるお金は考えずにです。
 
通常通りの生活とは、家賃、食費、光熱費、保険料の支払い、ローン返済などの諸経費すべてと、あとは娯楽や外食費などの支出を収入がゼロになっても、半年は続けられるということですね。
 
 
まだまだその額には届いておりませんが…。
 
しかし、今回のコロナの一件で「私が目標にしていたことって、正しかったんだ」と痛感しています。
 
 
昔はこの目標を年配の女性たちに「生活するのに精いっぱいでそんなことできるわけがない」と完全否定されていたのですが…。
実際に今のご時世を見ていると「私が正しかったんじゃん」と思っています。
 
 
私が「超心配性」なので、この考えを「心配しすぎ」だと思ったこともありますが、人生はなにが起こるのかわかりません。
 
 
日本人は死亡した時に持っている資産が多いと言いますよね。
欧米などでは、死亡したときには資産が殆どなく生きているうちに使い切ることが多いようです。
 
遺産を巡って醜い争いが起きることもありますし、私も実際に目の当たりにしました。
 
私自身が死んだときも恐らくそれなりの資産を残しているでしょう。
けれど、残した資産がどうなろうと知ったことではありません。
 
死んだらお金を使うことはないし、醜い争いをしようとも勝手にやっていればいいのです。
私には関係のないことであり、「亡くなった人が悲しむから、こんなことで揉めるなんて…」なんて心配することはありません。
 
たとえ私が必死に稼いできたものであっても、死んだら私には関係がないのです。
 
醜い争いをするのなら勝手にしてください。
私は天国(地獄?)から、「醜いな~」と笑ってみています。
 
 
私は「自分が努力して得たお金」にしか興味がありません。
ゆえに、人のお金をかすめ取ろうとする人は大嫌いです。
お金を無心してくるような輩も大嫌いです。
 
「お金を貸してほしい」という思惑で近づいて媚びを売ってくる輩も大嫌いです。
 
 
私は「仕事をすること」「お金を稼ぐこと」は好きなのですが、「使うこと」にはあまり興味がありません。
必要なときに必要な物を買うことができればいいのです。
 
 
私がお金を使うときといえば、定期的に来る「散財期間」ですね。
 
 
まあ、給付金の使い道はいろいろ考えているのでよく考えます。
 
 
泪-rui-

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