彼女が空を見上げて独り言を呟く。僕は、ただ聞いている。【オリジナル小説】【短編】
彼女が空を見上げて独り言を呟く。僕は、ただ聞いている。
その人は、いつも何かを見ていた。
「今日は、いい天気ね」
彼女は空を眺めて、そう呟いた。
僕は、コーヒー飲みながら彼女を見つめていた。
返事を求められているわけではない。
彼女は、ただ呟いただけなのだ。
話しかけるような言葉であっても、彼女は対話を求めていない。
前は答えたいたのだが、その度に驚いた顔をしてこちらを見て笑う。
その笑顔が迷惑しているという意味だと理解してから、返事をやめた。
彼女は、僕の存在など気にもせずに視線を空に向けて、目を細める。
そんな彼女のことを、僕は愛していた。
彼女は、1人でいることを好んでいる。
一緒に暮らしているが、それはお互いの利害が一致したからだ。
とは言っても、仲はいい方だと思う。
一緒に出かけるし、おしゃべりもする。
ただ、彼女が「1人でいること」を望んでいる時は邪魔をしない。
邪魔してしまうと、彼女の心はバランスを失う。
そうなってしまった彼女を、僕は知っている。
出会った頃の彼女は、いつも人に囲まれていた。
笑顔で楽しそうで、「この人は、人好きなんだな」と呆れるくらいだった。
けれど、彼女は「改善しようがないくらいの、人嫌い」だったのだ。
人嫌いの度が強すぎて、1周回って「全部、どうでもいい」と投げやりになっていただけ。
だから、人の顔なんて覚えていない。
職場で毎日のように会っていても、他の場所で会うと「誰ですか?」という顔をする。
彼女が人嫌いだと知ったとき「ある意味で、すごいな」と感心した。
極度の人嫌いでありながら、周りにそれを気づかせない演技力が半端なくすごい。
しかし、そのせいで彼女はとんでもなくストレスを抱えていた。
彼女を交流を重ねていくうちに、彼女は僕の前で笑わなくなった。
これが、本当の姿なのだ。
僕という拠り所ができたせいで、彼女は前以上にストレスを感じるようになってしまったのだ。
見てられなくなり、僕は彼女に結婚を申し込んだ。
限界を感じたのか、すぐに了承してくれて婚姻届を出し、一緒に暮らし始めた。
数ヶ月後には、本当に笑いたい時だけ笑うようになった。
今は、人と関わることもなく、在宅ワークと家事をして暮らしている。
人と関わることが皆無になり、心配することもある。
本人は幸せそうなので、いいのかもしれない。
この間は「コンビニで店員とする会話が、ちょうどいいみたい」と言っていた。
昨日は、「通販の宅配便が届くのさえ、煩わしい」と言っていた。
夫としては、心配になることもあるが、
彼女がベランダの椅子に座って、お茶を飲みながら空を眺めて幸せそうな顔をしていると「まあ、いいか」と思ってしまう。
僕は彼女の独り言を聞きながら、コーヒーを飲むのだ。