平和な世界と臆病な私【オリジナル小説】【短編】
やる気が起きないときはある。
それでも、私は生きていかなくてはならない。
「ただいま」
誰もいない部屋に帰宅を告げる言葉を吐いて、靴を脱いだ。
1人暮らしを始めて数年になるが、これをしなかった日はない。
虚しいとか、寂しいとか思わないこともないが、それでも疲れた私を受け入れてくれる場所なのだから。
電気をつけて、ソファに座り込む。
今日は、何もしたくない。
ご飯も食べたくないし、お風呂にも入りたくない。
このまま眠ってしまいたい。
それでも、お腹は空いているし、化粧を落とさないと大変なことになる。
お風呂にだって入らなければ、気持ち悪いし。
明日も仕事に行かなければならないのだから。
今日は本当に疲れた。
と言っても、何か特別に嫌なことがあったわけではない。
いつも通り仕事をして、なんのトラブルもなかった。
そう、何もなかったのだ。
トラブルが起きて欲しいわけでもないし、
嫌なことがなかったのは、いいことだ。
それでも、私はとても疲れている。
今の仕事に不満もない。
むしろやりがいを感じているし、任される仕事も増えてきた。
来月から、部署リーダーを任されることにもなっている。
お給料も増えていくし、何もかもが順調だ。
彼氏はいないけれど、それで困ったことはないし欲しいとも思っていない。
むしろ、邪魔にしかならない。
所謂「おひとりさまライフ」を満喫していて、不満もなければ、将来への不安もない。
お金さえあれば、どうにでもなるのだから。
不満があるとしたら「つまらない」ことなのだろう。
何もかもが順調すぎて、本当につまらない。
普通に仕事をしていれば、昇進もするし、お給料も上がる。
家事は好きだから、自炊も掃除もきっちりしている。
休みの日はスポーツジムに行って、買い物にもエステやネイルもする。
私は楽しく生きているし、不満もない。
ただ、不満がなさすぎて、充実しすぎていて、
そのことを「つまらない」と感じるのだ。
以前、そのことを友人に言ったら怪訝な顔をされて、そこから疎遠になった。
後から考えたら、ただの自慢にしか聞こえなかったのだろう。
それでも、充実した生活がつまらなくて仕方ない。
寂しいわけでもないし、虚しいわけでもない。
ただ、つまらないのだ。
先日、上司に「貴女が来てから、大きなトラブルが無くなったのよ」と言われた。
彼女いわく「広い視点で物事が見えるから、事前に気付くのよね」だそうだ。
私は意識しているわけではない。
ただ、普通に気付くから、そうしているだけ。
私の世界も、周りも平和になっていく。
けれど、私はつまらない。
もっと、刺激のある生き方がしたいのに。
臆病な私には、それができないのだ。