嫉妬や妬みの負の感情を抱きたくない!私は私で我が道を行くから、あなたはあなたの「我が道」を行けばいいのよ。③

 

②へ

 

 私自身も毒親、毒家庭育ちということもあって苦労がないわけではありません。親と縁も切っていますから所謂「そういう家庭」なのです。その環境の中でも私は私の信念をもって生きてきました。親が家事も家業のこともなにもかもを私に押し付けてこようとも、なんとかできてしまう私を妬んでいたことに結婚してから気づきました。自分で言うのもなんですが、かなり有能だったのです。なんでもできてしまうし、それをなにごともないようにさらっとこなしてしまうからこそ、毒親はなんでも押し付けてくるしお金の無心もしてきます。困らせようとしても「はいはい」と対応してしまいます。そして私自身も何事もなかったようにさらっとこなして「こんなのすぐにできるじゃん」と自分の仕事に戻ってしまうので面白くなかったのでしょう。実際、なんの苦労もなくできていたので仕方ないのですが、私が有能になってしまったのは幼少期から親がいろんなことを私に押し付けてきたが故に、なんでもできるようになっただけの話です。今思えば、それがいけなかったと後悔していますが、そうすることが私にとって「うまく生きていく方法」だったのです。それに加えて私がいつもニコニコしていれば、面白くもないでしょう。
 毒母も「私が家事をしなければ、困るだろ。感謝しろよ」という気持ちだったのかもしれませんが、私自身が「やる気がないなら、やらなくていい。私がやるから」と言って、引き受けてしまっていたので余計にこじれた気がします。しかし、やる気がない人間に対してなにかを期待することは無駄なことです。家事に関しては毒母が放棄していて私が代わりにやっていたから身に着いたスキルで、商売に関することは毒母が家業のことをなにもしないから毒父が私に押し付けて身に着けたスキルです。それに加えて毒父は私を仕事の道具のように扱い連れまわされ、幼少期から様々な企業の社長さんとの面識があり、大人になってからは個人的に話を伺う機会もあったので「なんでもできる」ようになったのです。はっきり言いますが私は普段はちゃらんぽらんしていますが、「仕事」「業務」のことを思案しているときは別人になります。(主人曰く「目つきが違う」だそうです)
 簡潔に言うと私が有能になったのは、毒親のおかげともいえるのです。

 

次へ

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA