先達者の失敗を生かせ。 【オリジナル小説】【短編】
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オリジナル小説です。
※この作品は、フィクションです。
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先達者の失敗を生かせ。
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(登場人物)
宮内玲奈 就活中の大学生
寺田沙苗 満員電車が億劫な会社員
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なぜ、私は東京で就職してしまったのか。
生まれ育ったのは神奈川だから、関東ではあるが、
わざわざ東京都心に就職する必要は無かったのではないか。
いっそのこと、転職して地方に移住しようか。
会社員も辞めて、フリーランスとか憧れるなぁ。
ブロガーとか、動画配信者とか。
そういう仕事が楽だとは思わないけれど、
満員電車に乗らなくていいし、
御局様とか、セクハラ上司とかいないだろうし。
でも、なんの取り柄もない私には、会社員をしているので一番いいんだろうなぁ。
そんなことを考えながら出勤した。
仕事を終えて家に帰る道すがら、私は思った。
転職しよう。
もしくは、フリーランスとか、1人で仕事ができるようにするために、勉強を始めよう。
とりあえず、駅前の本屋さんに寄って、
それっぽい本を数冊購入した。
今の私には、何が必要なのかさえわからないから、
とりあえず、知識を入れるのだ。
今日は、疲れたから外食でいいか。
自宅アパート近くにある定食屋へ足を向けた。
基本的には自炊をしているが、疲れている時や気分転換したいときは外食をする。
この定食屋は、近所というか、
私が住んでいるアパートの大家さんが経営している。
「こんばんはー」
「お、沙苗ちゃんじゃないか。いらっしゃい」
「今日の定食、なんですか?」
「鯖の味噌煮だね」
「じゃあ、それで」
カウンターに座ると、
見慣れない女の子が、お水とおしぼりを持ってきてくれた。
「どうぞ」
「ありがとー」
バイトでも雇ったのか?
「この子ね。俺の姪っ子。よろしくな」
「宮内玲奈です。玲奈って呼んでください。」
「寺田沙苗です、よろしくね。下の名前で呼んでね」
「はい、沙苗さんのことは叔父から聞いてます」
何を話したのだ、と店主を睨むと
彼は、「ははは」と笑った。
「いや、玲奈は就活の真っ只中でさ。で、沙苗ちゃんに相談してみたらって言ってたんだよ」
ああ、そういうことね。
私も数年前は就活生だったけど。
特に苦労することもなく決まった就職先だったけど、
実際に勤めてみたら、仕事を押し付けてくる先輩に、
偉そうで嫌味なかり言ってくる御局様に、
セクハラしてくるクソ上司だったし。
そんな私に、何を相談してくるのやら。
「んー。私に相談されても困るというか。有益なことなど何も助言できないよ」
玲奈ちゃんが、「え?」と困ったような顔をしたので、
慌てて言葉を続ける。
「新卒で入社した会社がクソすぎて、ちょうどさっき会社辞めようと思い立って本屋さんで、こういうものを買ってきたばかりなのよね」
買ってきた本を、カウンターの上に並べた。
「資産運用、フリーランスの基礎、ブログ収入、ライティングスキル」
玲奈ちゃんは、本のタイトルを見てつぶやく。
「とりあえず、目についた物を買ってきたから、決めているわけではないけど。とにかく辞めるために動き出そうと思って」
正直、いつ辞めるかは決めていないけれど、
準備をしておくことは、無駄ではない。
「私は就活自体も、そんな苦労しなかったし。まあ、入った会社がクソでしたが」
そんな私が、就活生に教えることなど、あるのだろうか。
「あー、じゃあ、教えることはない、と」
「まあ、そんな感じです」
店主は、困ったような顔をしているが、
こちらの状況が変わることはないし、
会社を辞めることも変わらない。
「俺は会社員なんてしたことないから、よくわからんけど」
チラリと、玲奈ちゃんを見る。
「今は、終身雇用の時代じゃないしな。転職は当たり前ってか」
「そうですねぇ。その時代と比べたら給料も生活レベルもクソです」
国が副業を推進する時代だ。
会社も、生活を保証してくれるわけではない。
私たちは、ただの労働者だ。
「昔は、会社員は安定って言われてたけどなぁ」
「今は、会社員でも個人事業主とかフリーランスも、似たようなもので、自分がどれに向いていて、それでどれだけ頑張れるか、って感じです」
店主と話しながら、玲奈ちゃんに何を言えばいいのか、を考えていた。
「とりあえず、玲奈ちゃんは今の所、どうしたいの?」
話を振ると、彼女は言葉を選んでいるのだろう。
少し間を置いて、口を開いた。
「深く考えているわけではなくて、とりあえず就職するか、って感じです」
確かに、私も大学卒業したら会社に勤めなくちゃくらいの気持ちしかなかったものなぁ。
大学でたら、自立するのが当たり前、みたいな。
「ただ、今の話を聞いていて、就職ってなんだっけ?と思いました」
余計なことを言ってしまっただろうか。
「ごめん、なんか惑わせちゃったかな」
「いえ、このまま周りに流されて就活しているだけではいけないかな、って」
この子は、頭の回転が早いな。
「いろんな人の話を聞いて、改めて考えてみます」
店主がニヤリと笑う。
「この店には、いろんなお客さんがいるし。聞いてみろよ」
ああ、このためにバイトさせているのか。
その一番初めが、私だったということか。
「役に立てるかどうかはわからないけど、私にも聞いてね」
「はい、ありがとうございます。」
私が就活生だった時、
こういう大人が、周りにいてくれたら良かったのに。
正直、この子が羨ましい。
大学を卒業して就職することは、
「当たり前の流れ」になっていると思う。
周りに流されるように就職活動をして、
内定をもらえるかどうかで、右往左往して、
うまく行く人がいたり、全くダメな人がいたり。
選択肢はいくらでもあるのに、
「とにかく就職しなくてはダメ!」という空気に負けそうになる。
私みたく数年で転職をする決意をしたり、
早い人だと、3ヶ月も経たずに見切りをつける。
本当に思う。
就活とはなんなのか、と。
ほんの数年、先輩な私から言えることは、
「先達者の失敗を、生かせ」くらいだろう。
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