長い間「作った感情 」を表に出してきたので、本来の自分の感情がわからなくなってました。


 
こんにちは。
 
いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。
 
 
昔と比べて、今はかなり健康的になりました。
精神的にも落ち着いているし、体も元気です。
 
そうなれたのは、毒親と縁を切って
ストレスのない生活を送るようになったからですね。
 
とは言っても、昔の私を知る人は「変わらないじゃん」と言うでしょう。
 
私は演技が上手いというか、隠すのがうまかったので、
誰も気づかなかったんですよね〜。
 
「いつも明るく元気な女」と言うのが昔の私でした。
 
私から言わせれば、ただの空元気であり、作り笑いでしかありません。
 
普通に考えたらおかしいですよね?
いつもご機嫌で、元気いっぱいな人間なんて存在するはずがないです。
 
昔は喜怒哀楽の感情が欠如していて、
どんな気持ちを抱いていてもニコニコしている人間でした。
 
「いつも明るくていいね」は私にとって、言われて嫌な言葉です。
 
どんなに嫌なことがあっても、
どんなに酷い言葉を投げられても、
何をされてもニコニコしている私は、周りから見たら「何も考えていない馬鹿な女」だったでしょう。
 
父からは「お前は、笑って人を殺せる」とも言われましたが、
意識して上機嫌にニコニコしていないと、負の感情に飲み込まれてしまいそうだったのです。
 
主人と一緒に暮らしてからは、笑うことが辛くなってしまいました。
無理して笑う必要がなくなったし、徐々に心のままの感情が出てくるようになり、
混乱した私は、どんな時に笑えばいいのかがわからなくなってしまったのです。
 
次第に親や実家関係者の前で、作り笑いすらできなくなりました。
 
今は、喜怒哀楽の感情が素直に顔に出せるようになりまして
楽しい時に笑ったり、
味覚も感じるようになって、美味しいものを食べれば嬉しくなるし
怒った時にイライラできるようになり
感動する作品を見て、ぼろぼろと泣いたりと本当の意味で感情が豊かです。
 
あと痛覚も戻ったので、痛みを感じるようになりました。
今までは痛覚がかなり鈍くなっていたので、怪我を放置することが多くて主人に怒られていたのです。
痛覚が戻ったことで今までは痛くなかった怪我も「こんなに痛いのか」と思うようになり、
怪我しないように注意するようにして、痛みに怯えています。
今まで痛みを感じていなかったので、怪我しないようにと注意していなかったのです。
 
痛覚が完全に戻った頃は、怪我をするたびにパニックになっていました。
 
あとは、体の感覚も鈍くなっていたので、
力加減を間違えてしまうこともあり
疲れている時に食器を洗っていると、薄いガラスを手でパキッと折ることもあります。
 
どれだけ長い期間、五感や痛覚などの感覚が鈍い状態だったのでしょうね。
 
主人に言わせると
「あなたは地頭がよくて、その状態でも周りに悟らせないように自然に対応してしまうからよくない」
「無理していることを周りに分からないようにするのが、よくない」
「感情を押し殺して、ニコニコ笑うのがよくない」だそうです。
 
 
昔の私を知っている人が、今の私を見ても「変わらない」と思うかもしれません。
しかし、個人的には全く違います。
 
周りに合わせて感情を作ることもなく
自分の感情を殺すこともなく、
作り笑いを浮かべることもなく、
痛みを感じることができるし、
体の感覚もしっかりとあります。
 
私の気持ちが、全く違うのです。
 
 
作り笑いしかできなかった私は、
毒親と縁を切ってから、どうやって感情を表していいか分からなくて、
本当に混乱していました。
 
「作った感情」しか表に出してこなかったので、
本当の自分の感情がどれなのか、わからなかったのです。
 
一時期は、困惑した表情しかしていなくて主人にも心配をかけました。
「自分がどう言う感情抱いているのか、よくわからない」と悩む私に寄り添い、
いろんな場所に連れて行ってくれたり、
「これ読んでみな」と漫画や映画を見せてくれた主人に感謝しています。
 
(あなたは人と違った世界が見えるタイプだからと、手塚治虫作品やジブリなど天才たちの作品をみて自分を見つめなおせと)
 
 
るい
 

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