不器用な彼は、どこまでも不器用だった。【オリジナル小説】【短編】

 

私は弱虫だ。
いつも強がっている。
 
苦しくても、辛くても、泣きたくても。
笑っていれば、幸せになれると信じて笑顔を作る。
 
生きていくためにはお金が必要で。
稼ぐためには働かなくてはならない。
 
上司に恵まれないのも。
仕事やミスを押し付けられるのも。
 
稼ぐためには仕方ない。
辛いと言ってしまったら、生きていけなくなるかもしれない。
 
だから、私は笑顔を作って働くのだ。
 
そんな私をあなたは「馬鹿ですか」と一蹴したの。
 
あなたのことが嫌い。
全てを見透かしているかのように、私を睨むから。
 
いつも遠くにいるのに、
私が泣きたくなった時には、いつの間にか近くにいる。
 
「貰い物ですが、いらないので」と言って、甘いお菓子を渡してくる。
 
不器用なあなたなりの励ましで、私の好きなミルクティーを自販機で買って「押し付けるお詫びです」と告げる。
彼の優しさに気づいたのは、「不器用でバカだよね〜」なんて笑ったクズな先輩のせいだった。
 
気づいていることに、気づかなければ。
優しさに気づかなければ。
 
彼の前でも強気な私を振る舞うことができたのに。
いつの間にか、彼の前では笑顔を作れなくなってしまった。
 
 
1人になりたくて、人気のないベンチに来たはずなのに。
彼が、甘いお菓子とミルクティーを差し出してきた。
 
いつものように「いらないんで」と睨みつけられて、
「いらないなら、貰うんじゃないよ」と睨み返す。
 
「私も休憩したいので、隣いいですか?」
「空いているのだから、好きにすればいいんじゃない?」
 
隣に座って缶コーヒーを飲み始めた彼は、何も言わなかった。
 
何も言わずに、そばにいてくれる。
私が甘いお菓子を食べ終えて、時間をかけてミルクティーを飲んで。
 
そうして彼は「じゃあ、仕事があるので」と言って立ち去る・・・はずだった。
 
「あなたは、バカなんですか?」
「はぁ?」
 
突然の暴言。
 
「誰も、あなたに完璧なんて求めてません」
「嫌ならしなきゃいいし。無理なら誰かに頼めばいい」
「あなたが苦しんでまでしなくてはならないことは、ありませんよ」
 
冷たい視線で見下した彼は、怒っているように見えた。
 
「あなたには、関係ないでしょ」
「そうですか」
 
彼は、大きなため息をついた。
 
「私はあなたみたいに有能じゃないし、役職もない下っ端なの」
「上司の言う通りにするしかないのよ」
 
先輩が言っていたとおり、彼は不器用だ。
優しさとわかっていながら、こんな言葉しか出てこない私も相当だけど。
 
「まあ、私には関係ありませんが」
 
視線を逸らした彼に、胸が苦しくなった。
ああ、彼はもう2度と私を甘やかしてはくれないかもしれない。
 
「ちなみに、あなたの上司は今日限りで部署移動することになりました」
「は?」
 
間抜けな声が出てしまった。
 
「明日から、私があなたの直属上司になるので、よろしくお願いしますね」
「なん…で?」
「人事部が判断したことなので、知りません」
 
ちょっと、頭がついていかない。
 
「先輩があなたの荷物を持ってロビーで待っているので、今日は帰ってください」
「え」
「明日からの土日休みにしっかり休んで、月曜からよろしくお願いします」
 
混乱して、「こちらこそ、お願いします」と言うのがやっとだった。
 
「私はほどほどに仕事して、定時退社が基本ですので」
 
そのままどこかに行ってしまった。
仕方ないのでロビーに行き、クズの先輩からカバンを受け取り会社を出た。
 
 
あとで知ったのだが、
彼が人事部に掛け合って、元上司はパワハラ加害者として左遷されたらしい。

 



  

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