アドニスのクラファンを見ていて、思い出したこと。

 
 
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こんにちは。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
 
 
先日、こちらの記事を投稿したところ、

 

 

 
アドニスの店長さんに、コメントいただきまして。
 
 


 
 
 
 
せっかくなので、
店長さんのSNSの言葉を読んでいて、
私が、何を思ったかをお伝えしようかと。
 
 
殴り書きでわかりづらいかもですが。
あと、説明下手くそなんで、申し訳ない。
 
 

私、基本姿勢が「傍観者」なんだけど、

自分でも「なんで、アドニスは応援してんだろ」って思ってたんだけど。

ここにきて、理由がわかった。


 
店長さんのSNS読んでて、
祖父のことを思い出したのよ。
 

 

きっかけの投稿を一部引用。

 

 

 
 
私の生まれたとこと、
過疎化の進む田舎なんだけど。
 
 
私が小学生の頃とかはね。
(平成初期)
 
学校から帰ってくる時間くらいに、
近所の老人たちが、
公園に集まって、ゲートボールしててさ。
 
「おじいちゃんたちがいるから」ってことで、
小さい子どもたちだけで、
夕方、公園で遊んでいてさ。
 
帰ってくる時は、
祖父母と一緒に帰ってくるとか、
近所の人が送り届けてくれるから、
親も、まあ安心というわけで。
 
 
老人と子どもで、
公園を半分ずつ使ってる感じ。
 
 
で、老人会の人たちが、
適宜、草むしりとか、整備とかしてくれてるから、
公園は、いつも綺麗だったの。
 
 
おじいちゃんが亡くなってから知ったのだけど、
老人たちを収集してゲートボールしてたのは、
うちのおじいちゃんだった。
 
 
公園に建設された小屋も、
おじいちゃんが、申請して建てさせたし、
 
公園横にあるゴミ捨て場が土の路面でぐずぐずになるからって、
コンクリにしたのも、うちのおじいちゃんだった。
 
 
で、おじいちゃんが亡くなって10年くらい経って、
近所のおじいちゃんから、言われたのよ。
 
 
「〇〇(私の祖父)が生きているころは、よかった」
「ゲートボールに毎日収集されるの、正直ウザかったけど、集める人間がいなくなったら、集まることがなくて、家に篭り切り」
「足腰も、どんどん弱った」
「毎日が、つまらない」
「〇〇は、そういうのがわかってたから、嫌がられても人を集めてたんだな」って。
 
 
それを言ったおじいちゃん、
その2週間後に、亡くなりまして。
 
 
まあ、そういうことなんだな、と。
 
 
言われてから、
改めて公園を見ると、草は伸び放題。
 
年に1度のクリーン活動の時しか手入れしない。
昔はあったゴミ箱も、ゴミを回収する人がいないから撤去されてる。
 
 
公園に老人が集まっていたころは、
適宜、清掃してた。
 
その掃除を指揮していたのも、
うちのおじいちゃん。
 
おじいちゃんが亡くなってから、
公園が荒れているから、
子どもたちも近寄らない。
 
 
ただの寂しい場所になってた。
 
 
 
 
祖父が亡くなってから、彼の凄さに気づいたし。
思い返せば、祖母もそういう感じの人だった。
 
 
多分、私もそのタイプなんだと思う。
 
 
祖父母のことは、
「あの人たち、まじすごいよ」って、
憧れの対象なんだよね。
 
 
 
今は、色々あって実家と縁切ってるけど。
まあ、父母もそういう祖父母が嫌いだったし、
その性質を持っている私とは馬が合わないだろうし、
男尊女卑の強い田舎で「女」ってだけで、
そういう活動するのも、まあ無理。
 
というか、私にはそれができる強さがなかった。
 
 
まあ、そんな諸々で、
アドニスの店長さんをみてて、
うちのおじいちゃんを思い出したのよ。
 
 
なんか、似てるな、って。
 
 
 
そんなわけで、
クラファン支援させていただいたし、
ブログを使って、応援もさせていただいてます。
 
 
 

クラファンは、こちらから。

  


 
 
 
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