孤独とは。

現代の人間関係は、わずらわしい

 

 正直に言えば、ネットやスマホ、アプリなどが発達した現代の人間関係は非常に「わずらわしい」のです。通信環境さえ整っていれば、24時間いつでもメッセージを送ることができますし、無料通話ができるアプリもあり、通信料金を気にすることなくいくらでもコミュニケーションをとることが可能なのです。私は、それをただひたすらに「煩わしい」と感じています。

 

 私が高校生の頃は「高校生が携帯電話を持つことが当たり前」となった初期時代で、メールを使ってやりとりをしていました。メールを返さないと学校に行ったら嫌な顔をされたり、仲間に入れないというのはその頃からあったように感じます。私は「必要な要件以外は返信しない」ことを信条にしていましたし、学校にいる以外の時間は「自分がやりたいこと」を優先していましたので、メールの返信に時間を使うことはありませんでした。そんなわけで「付き合いづらい」とクラスにも馴染めていませんでしたが、放課後や休日は「自分のやりたいこと」に集中できるので、かなり充実していました。私の高校時代はまだパケ放題などの定額サービスがなく、使った分だけお金がかかり親に怒られて通信制限を掛けられる子もいました。私も初めの頃は「親に怒られるから」と言い訳をしていました。まあ、実際には「私の時間」を邪魔されたくなかったからです。

 

 今のように無料通信アプリがない、メールの時代ですら「無意味なメールでの会話」を煩わしいと感じ、自分の時間を邪魔されたくないと感じている人間がいたのです。現代の無料通信アプリがあって、スマホ料金も定額でWi-Fiもあって通信制限とは無縁の時代では私のような考えを持っている人たちは、いったい何を考えて、どうしているのでしょうか。

 

 いろんな話を聞いていくと、「すぐに返信しないと、いじめの対象になる」とスマホから目を離せない若者がかなりいるようです。睡眠不足、学力低下など様々な問題を引き起こしているのですが、それでも「学校で無視されるのが怖い」「いじめられるのが怖い」とスマホを手放せないのです。

 

 私の場合は「めんどくさい」「そんなことに割く時間がもったいない」「そんな人たちと仲良くなりたいとは思わない」「というか、くだらなすぎて学校辞めたい」「独学で稼ぐための勉強がしたい」と考えていたので、学校で浮いていても苦ではなかったです。(確かに不登校にはなりましたが、原因は家庭と学校を辞めさせてくれなかった大人たちです)人間関係とは、とても面倒くさいものなのです。人間全員が「我が道を行く」「私は私。あなたは、あなた。お互いに邪魔はしない」「必要以上に関わらない」というスタイルで生きていたら、きっと世界は平和なのだろうなと夢みたいなことを考えてしまいます。

 

 「メッセージはすぐに返信しなくてはならない」という、明らかに自分の時間を邪魔される意味のない暗黙の了解的なルールを「うぜぇ」「バカか!」「あほくさ!」「自由な1人の時間を邪魔するな!」と思わないのかなぁと、私は真剣に思うのです。

 

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rui@rui-world.net
主婦です。 気ままに活動しています。