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第9話 どうして、私を責めたりしないのだろうか

 

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 平日の図書館にも人は多い。

 定年を迎えた人、未就学児を連れた親子、暇そうな主婦、予備校生などが多いのはどこも同じだろう。

 私の住んでいる地域は工場が多いためか、平日が休みの社会人もいる。

 フリーターもいるだろうし、明らかに夜の仕事をしているような若い女や男もいる。

 本を読みそうもない風体をした人が、熱心に読んでいる姿を見ると人は見かけではないのだな、といつも思う。

 そういう私も読書好きだと知られると意外と言われるから、人のことは言えないのかもしれない。

 海野さんとの待ち合わせまで30分くらいあるから、いつものところで待っていようと奥へと向かう。

 最近の図書館は上質なソファーが幾つも置いてあるし、畳の一角があって広いローテーブルと座布団があるし、館内で本を読む設備が整っている。

 私は角にある半円上になっているソファーがお気に入りだ。

 スペースとしては5人くらい入るのだが、平日は遠慮なく使うことができる。

 日当たりも抜群で、太陽の光が気持ちよくて眠くなってしまうこともあるくらいだ。

 前に借りた本を読み終えていなかったから、海野さんが来る前に読み終えて返そう。

「恵梨香ちゃん」

 バッグから本を取り出そうとしたら、海野さんの声がして見上げると笑顔で手を振っていた。

「こんにちは、今日はいつもより早いですね」

「なんだか早く起きちゃって、早めに来たら入っていく恵梨香ちゃんが見えたから」

 海野さんは私の横に座って、自分が探してきた本をソファーの上に置いた。

「この間、勧めてもらった本。読み終わったから返してきた。面白かったよ」

 最近は、漫画以外も読むようになったけれど、活字はそこまで得意ではないらしい。

 なにか読んでみたいと言ったので、簡単に読める本をお勧めした。

「気に入ってもらえてよかったです」

「で、その本なんだけど…」

 ソファーに置いた本のことだろうかと、視線を向けると見覚えのない本だった。

「俺が学生の頃に読んだ本なんだけど…あの本が好きだったら、これも好きかなと思って…さっき図書館の人に聞いて探したんだ。もしかしたら読んだことあるかもしれないけど」

 手に取った本は、シンプルな装飾だった。

 タイトルを見て、どこかで聞いたことがあると思ったけれど、あらすじを読んだら覚えがなかったから、恐らく読んだことはない。

 だけど、面白そうだと直感的に思った。

「読んだことないです。次に読んでみますね」

「あ、でも。もう次の本、探しちゃったよね。その次でいいよ」

「いえ、今日はまだ読み終わっていなかったので、まだ次の本は探していないんです」

 そういえば、海野さんは嬉しそうに笑った。

 なんで、そんなことで笑うのだろう。

 なにが嬉しいのだろうと思うけれど、そんなこと聞いていいわけがない。

「よかった」

「取り寄せておいた漫画とってきましょう。届いているってメールが来ていたので」

 席を立とうとしたら、海野さんは困った顔をして私の顔を見ていた。

 なんだろうと思ったら、隣に腰かけて視線を泳がせた。

「あの…美術館とか好きですか?」

 たまに1人行ったりもするから、嫌いではない。だから、頷いた。

 そしたら、嬉しそうに笑ってポケットの中から小さな紙を取り出した。

「近くの美術館でやっている展示会のチケットなんですけど、今から行きませんか?」

 チケットを見ると、来週あたりに1人で行こうと思っていた展示会だったので、別にいいかと頷いた。

「じゃあ、カウンターで借りてきますね。入り口で待っていてください」

 私は、読み終わっていない本と海野さんが勧めてくれた本を持ってカウンターへ向かった。

 返却日はまだ先だし、この本を新しく借りて、予約した本は今度来た時に借りればいい。

 美術館へはいつも1人で行っていたから、誰かと一緒なのは初めてだ。

 誰かが隣にいると煩わしいような気もしたが、それでも誰かと行ってみるのもいいかと思っていた。

 仕事でもないのに、誰かが近くにいることに苦痛を感じない。不思議だ。

 カウンターで手続きを済ませて、図書館の入り口に向かうと海野さんが待っていてくれた。

 誰かが待っていてくれたことが、記憶にない。

 いつも私が待っていた。

 いつまで待っても、誰が来てくれるわけでもなかったが、待つことしかできなかった。

 海野さんは、待つことが嫌ではないのだろうか。

 私は、誰かを待たせることが嫌で仕方ない。

 待っていることはツラいだろうから、そんな気持ちを相手に抱かせてはいけない。

 私は待つことが苦しいけれど、相手に同じ感情を抱かせてはいけない。

 だから、私はいつも待つことにしているのだ。

「お待たせして、すみません」

「早く行きましょう!」

 待たされたのに苦痛の色など見せず、嬉しそうな顔をする。

 待っていたのに、どうして嬉しそうな顔をするのだろう。

 私には、それが不思議で仕方なかった。

 

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