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第6話 「楽しい」なんて感情を抱くことは、許されないのに

  

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 どうしようかと思う。

 目の前の海野さんを見たら申し訳なさそうな顔をしていた。

「とりあえず、状況を説明していただけませんか?」

 店長が紹介してくれた人だから、変な人ではないことはわかるが、状況がまったくわからない。

「実は…」

 海野さんが、大まかに説明してくれたので状況は理解した。

 店長の旦那さんと同じ会社で働いていて、「彼女はいないのか」という話しになり「いい子がいれば」と答えたところ「じゃあ、紹介できる子見つけておくよ」ということになり、旦那さんが店長にその話を持ち掛けたこと「いい子ならいるわよ!」と私を差し出したということらしい。

 事の発端が2日前であり、早急に今の状況になったのは、店長が原因であることは間違いない。

 「早い方がいいわよ!」とかなんとか言って、強引に推し進めたのだろう。

「私も聞かされていなかったとはいえ、店長が失礼をしました」

「いや、俺もまさかこんな強引なことになっているとは思わなくて、すみません」

 とりあえず、事態の収拾を図るしかないのだが、どうしたものだろう。

 付き合うことはあり得ないとしても、とりあえず話をしなくては先に進まないし。

「とりあえず…」

「あの、俺と友だちになってくれませんか?」

「は?」

 とりあえず帰りましょうか。

 そう言おうとしたのに、この海野という男は言い放った言葉には呆れしか出てこなかった。

「えーと?」

 なにを言っているのかを理解したくないというのが本音だろう。

 私は早くこの場から離れたいし、この男とも関わるつもりはない。

 私の怪訝な視線に気づいたのか、海野さんは照れたように話し出した。

「俺、10年以上も彼女がいなくて…折角の機会だし仲良くなれたらなぁと」

「どうして私なんですか?他にもいると思いますよ」

 私は、そんなことに関わりたくもないし。

 男友達も彼氏も要らない。

「誰でもいいとかじゃないんで!山本さんに話はいつも聞いていて、凄い人だなって思っていて」

 店長、なにを話しているのだ。

「別に凄くはないですよ。私のできることをしているだけなので。それ以上もそれ以下もないです」

「それです!!」

 いきなり声が大きくなり、私の顔をじっと見てきた。

「そんな風に生きている人に出会ったことがなかったので…話をしてみたいんです」

 言っている意味がわからないわけではなかった。

 私自身も、同じように生きている人たちに会ったことがない。

 いつも私が異質な存在だった。

 目的もないし、目標もない。

 ただ、できることをして生きているだけ。

 そこになにも求めていない。

 生きていることがつまらなくて仕方ない。

「俺も、似たような考えを持って仕事をしているから、池上さんが会ってみたらどうだって。あ、純さんの旦那さんです」

 この人も生きていることが、つまらないと感じているのだろうか。

 そんなことを思ったけれど、聞けなかった。

 自分の心を晒すみたいで、言葉にすることができない。

 なんとなく、この海野という男に興味を持った。

「わかりました…とりあえず、お友達ということでいいですか?」

 そう告げれば、彼は嬉しそうに笑った。

 けれど、私は適当な笑顔しか返せない。

 人と関わることを避けてきた私にとって、仕事以外で親しい人間をつくることはしたくないのだ。

 仕事だと割り切っていれば、なんとかなる人間関係も、仕事という言い訳がなくなった途端にどうでもいいものになる。

 ダメなところだとは理解していても、私は人との関りを最低限にしたいのだ。

「じゃあ、連絡先を交換してもいいですか?」

「わかりました」

 もともと仕事の繋がりしか入っていなかった電話帳に、初めて仕事以外の連絡先が登録された。

 嬉しいと思うべきところであるのだろうけれど、煩わしさのほうが勝っているのは私が壊れているのだろうか。

 そう考えている私を知ってか知らずか、彼は嬉しそうに笑っているのだ。

 罪悪感を抱きながら「いつでも連絡くださいね」と社交辞令を述べるしかない。

 そのあとは、近くのレストランでランチをして、別の喫茶店でお茶をして解散した。

 特別に楽しいというわけでもなかったが、なかなか面白い話ができたと思う。

 似たような考え方をしていることは確かだし、知識も豊富そうな海野さんの話を聞いていると面白い。

 恋人や友達とする話とは違うのだろうけれど、それでも楽しかった。

 コンビニで使うポップのアイディアも浮かんできたし、この先はどのような趣向にしたらいいのかが見えてきた。

 だから、次に会う約束をすることも嫌ではなかった。だから、会う約束をしてしまった。

 楽しいと感じてしまったことに、罪悪感を抱いてしまう。

 私は、そんな感情を抱いてはいけないのに。

 私に、そんな資格があるのだろうかと、いつも考えてしまう。

 幸せになってはいけないのだ。

 それは、とても怖いことだから。

 

次のお話

第7話 「人間らしさ」など捨てたはずなのに

 

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