彩られた無色(オリジナル小説)

第5話 「出会い」を強要されることもパワハラなのか

  

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 読書に夢中になって時間を忘れることがある。

 だから、約束の時間に遅れないようにアラームをかけておいたから、焦ることは無い。

顔を洗って、着替えて、軽く化粧をして、髪を整えて出掛ける準備をする。

 仕事の買い出しなので派手な服装は避けるのだが、元からTシャツにジーンズという服装しかしないので、問題はない。

 駅までは歩いて10分くらいだ。コンビニとは逆方向になる。

 だから、このアパートは私にとって利便性がいい。

 今から出れば、ゆっくり歩いても時間に間に合う。

 天気もいいからのんびりと行こう。

 駅までの道のりは、いつもと同じのように見えて少しだけ違う。

 空模様や風、落ちているもの、通りを歩いている人。

 いつも同じなどあり得ない。

 自分も風景の中に存在する。

 同じのようで同じではない。

 そうは理解しているのに、私自身はなにも変わらない同じであるように感じてしまう。

 すべてのものは変化するものであるが、それを自覚していない自分が少しだけ悲しくなる。

 歩きながら思ってしまうのも、いつものことなのだ。

 私自身が変化を自覚出来たら、世界は鮮やかに見えるのだろうか。

待ち合わせ場所に着けば、店長はすでに到着して笑顔で手を振ってくれた。

「お待たせしました」

「ごめんなさいね、急に呼び出しちゃって」

 用件を聞こうと口を開きかけたが、店長が歩き出したので慌てて着いて行った。

「とりあえず、お茶でも飲みながら話しましょう」

 早く済ませて帰りたい気持ちも大きかったが、お金を貰ってきていることなので逆らうわけにもいかない。

 大人しく近くの喫茶店に入った。

 平日の昼間だからか、そこまで人は多くない。

 昼間の喫茶店は久しぶりだ。

 そう思いながら店長の後姿を眺めていた。

「ごめんねぇ、待たせちゃって」

 奥のテーブルに向かって行った店長が、誰かに話しかけている。

 他に誰か買い出し要員がいるのだろうか。

 聞いていないけれど、いつものことだから気にしても仕方がない。

 そのテーブルを覗き込むと見たこともない男性が店長と話をしていた。

 人の顔を覚えることができない私だからなのだろうか、まったく見覚えのない人だった。

 何度か話したことのある本部の人だろうかと考えてはみたが、店長と話している声を聞いても判断がつかない。

 そもそも、この男性は恰幅がいいし服装も「サラリーマン」という雰囲気ではないから本部の人なわけがない。

 どうしていいかわからずに突っ立っていると、店長に座るように言われた。

 店員にコーヒーを頼んでから、その男性を紹介された。

「彼は、海野くん。主人の後輩でね」

 海野という男性は頭を下げて挨拶をしてくれた。

「山本です」

 この状況を把握して切れていない私でも、名乗って挨拶をするくらいはできる。

「今日は海野くんと恵梨香を会わせたかったのよ。あんたたち、付き合いなさい」

 今、とんでもない言葉を聞いたような気がする。

 意味がわからないし、どうしていいのかもわからない。

「純さん、いきなりすぎます」

 言葉を出せない私の代わりに海野さんが呆れたように店長をたしなめてくれた。

「いやね、2人ともいい年だから、そろそろ恋人くらいいてもいいんじゃないかなって。旦那と話していたらね。ちょうどいいのが2人いるって話になってさ」

「意味がわかりません」

 この私の言葉は、誰が聞いても正しいだろう。

 これ以外の言葉があるのなら、教えてほしい。

「ほら、でもさ。とりあえずお友達からってことで」

 なんとなく帰りたい。この場からいなくなりたい。

 けれど、お給料が発生しているのだから帰るわけにもいかないし。

 というよりも、それを見越してお給料を出すと言ったのだろうと思うと悔しい。

「じゃ、私は帰るから」

「えっ?」

 言いたいことだけ言って帰ろうとしている店長をにらむが、どこ吹く風だ。

 頼んだコーヒーも運ばれてきていないのに帰ってしまうなんて信じられない。

 というか、もう少し話を聞きたいのだが、こうなった店長になにを言っても無駄なのはわかっている。

 けれど、納得もできない。

「恵梨香、今日の3時まではお給料が出るからね」

 そう言い放って、店から出て行った店長が恨めしいが、なにを言っても仕方ない。

 これはパワハラではないのだろうかと感じながらも、仕事をしなくてもお給料が貰えると考えると得なのかもしれない。

 というよりも、セクハラになるのかな。

 

次のお話

第6話 「楽しい」なんて感情を抱くことは、許されないのに

 

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投稿者

rui@rui-world.net
主婦です。 気ままに活動しています。

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