孤独とは。

第13回 孤独好きは努力家である。

 

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私は孤独好きは「努力家」だと考えています。

簡単に行ってしまえば、1人の時間を大切にしているからです。

1人の時間があり、孤独であることを有効活用できれば気になったことを勉強したり、やりたいことを実践することができますよね。

努力家という言葉には合わないのかもしれません。しかし、常に誰かと関りを持っていたり、24時間すっとLINEの返信を気にかけていては、勉強もできませんし自分のやりたいことを実践する時間などありません。

私も昔はLINEが来れば「すぐに返信しなくては」という恐怖感に苛まれていました。今はLINEのアカウントを変えていて、登録されている連絡先は主人と他数人しかいませんしグループLINEには一切入っていません。登録されている方々は、すべて用事があるときしか連絡してこない方々です。というか、私が用事のあるときだけこちらから連絡します。返信があるのは基本的には半日以上経ってからです。まあ、これが社会人の普通なんですけどね。働いているとか、家事や育児に追われているとプライベートの返信なんてものは後回しです。というか、LINEで「〇〇の用事なんですけど、電話してもいい時間ありますか?」と確認して、電話をかけるくらいですね。電話のほうが早いです。

お互いに仕事や家事、育児がありますから連絡を取り合う時間は短いほうが楽です。

LINEの返信や、他者と関わる時間が最小限であるがゆえに自分のやりたいことに割く時間が増えます。だからこそ、気になることを勉強したり、副業、趣味に没頭することができるのです。それゆえに周りから見たら「努力家」に見えるのでしょう。よく「そんなことをしている時間がない」と揶揄されることがあるのですが私からしてみたら「なぜ、その時間を作ることができないのか」と疑問でしかありません。1日が24時間であることは誰でも同じです。その中で時間を作ることができる人とできない人がいます。時間を作ることができない人は「作る努力をしない」としか考えられません。

友だちを相手に「勉強したいから今日は無理だよ」と言えないのかもしれません。それを言って嫌われるような友だちを私は欲しいとは思いません。「私たちより、お金を稼ぐことが大事なのか」と言われたこともあります。嫌味で使われる言葉で「わが身大事」というものがありますが、私はなにがダメなのだろうと疑問に思います。

お金がなければ生活できませんし、必要な知識や賢さを身に着けて収入を多くすることで生活が豊かになりますし、なにかあったときに助かります。「お金を稼ぐことが大事なのか」と嫌味を言った方たちは、私がお金に困ったり仕事がなくなったときに援助してくれるのでしょうか?してくれませんよね?それなのに「私たちと遊ぶことより、お金を稼ぐことが大事なのか」と嫌味を言うのです。

実際に私たち夫婦は、親戚の集まりなどに参加していました。「仕事があるから無理だよ」と言っても聞く耳持たずだったので仕方なく参加しても1時間以内で帰ってきます。帰るときには「仕事しないと、ご飯が食べられなくなるから」ときっぱり宣言します。その言葉を使うと誰もなにも言えません。周りの同年代の親戚たちとは仲がいいわけではないどころか悪いのですが「なんで帰るの?」と睨んできますね。彼らも参加したくないし、早く帰りたいのですが親や義両親には逆らえないのです。それを一番立場の弱いはずの末の夫婦が「仕事しないとご飯が食べられなくなるから」と誰も逆らえない理由をアッサリと述べて、さっさと帰るのです。

あとは、従兄弟の奥さんなのですが実家がお金持ちらしく、彼女は殆ど参加していません。旦那である従兄弟は必ず来ています

私が推測するに、同年代の従兄弟夫婦たちは親に金銭や生活を援助してもらっているのだと考えています。だからこそ逆らうことができす行きたくない親戚の集まりも行かなくてはならないのでしょう。逆に私は独身時代から副業をしたり経済などの勉強もしており、結婚や新生活においても親のお金は一切使用していません。結婚のときに貰った100万円はありましたが、縁を切ったときにすべて返しました。というか、独身時代から親にお金を貸していましたからね。結婚した時点でお金が返ってくることは諦めました。

何が言いたいかというと、孤独であることを好み自分を高めるために邁進してきたので生活にも金銭にも余裕があるがために「個」として強くいられるし、お金を理由にへりくだる必要がないのです。

これが、孤独であり人との関りを最小限として自分の知識欲やお金を稼ぐことに邁進してきた結果です。

私と主人はお金持ちというわけではありませんが、不必要な人との関りよりも生活を維持させること、仕事をしてお金を稼ぐことのほうが大切だということを理解しています。他人をあてにはしてはいけないことも「個」がしっかりしていないといけないことも十分に理解しています。

「嫌だな」とか「めんどうだな」と思うような人との関りに「NO」と言えるからこそ、自分のために時間を割くことができ学びを深め、贅沢はないけれど幸せで充実している今の生活を手に入れました。

周りから見れば「孤独好きは、努力家」「友だちがいないから勉強しかやることがない」と見えるのかもしれませんが、実際は「自分の目的に向かって、不必要なかかわりを持たない」が正しいです。努力家でもなんでもないのです。ただの探求心の塊です。

【次のテーマ】

次回は、「孤独でよかったこと」についてお話します。

 

次回

第14回 孤独でよかったこと

 

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投稿者

rui@rui-world.net
主婦です。 気ままに活動しています。

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