彩られた無色(オリジナル小説)

第3話 興味がないから、人の顔など覚えられない。

  

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 仕事が終わる頃は、基本的にレジにいる。

 帰宅途中の人たちが多いからでもあるけれど、私の顔なじみになっているお客さんが多いからだ。

馴染みのお客さんといっても、女性の方が多い。

 女性店員だから男性の方が多いと思われがちだが、お店のポップを私が作っていると知った女性たちが関心を持ってくれているのだ。

 前に話を聞いたら、この近くにデザイン系の専門学校があるらしい。

生徒から話を聞いたそこの先生が来たこともあるし、学校に通って専門的な技術を学ばないかと誘われたこともある。

 プロになるつもりはないし、お金もないから断ったが、それでも頻繁に訪れてくれるし、ポップの感想を伝えてくれるので私も楽しみにしている。

 その繋がりなのか、絵本作家や漫画家、小説家という方に話しかけられたこともある。

そのときはビックリしたが、読んだことのある作家さんだったりして少しだけ嬉しかった。

 私にとっては趣味の範囲でしかないから、特別なことを学ぶ必要もないのだ。

 今はインターネットで自分の作品を簡単に公開できるのは知っているが、私には必要ないと感じていたしコンビニで使ってもらえるから充分だった。

 ポップはすべて手書きでコピーはしていないから、飾ってあるものしか存在しない。

 だから、興味を持った人たちが足を運んでくれるというのも商売戦略の1つでもあるのだ。

 以前は展示期間が終わったら捨ててしまっていたのだが、今は希望する人に抽選でプレゼントしている。

 これはバイトの女子高生のアイディアで、すべて彼女が管理している。

「恵梨香さん、才能があるのにもったいないです!!うまくいけば食べていけますよ!」

 ものすごい剣幕で責められたこともあったが、趣味の範囲だと言ったら引き下がってくれた。

 それでも「この作品を世に広めないなんて、もったいない」と店長と交渉をして、抽選プレゼントや彼女自身がインターネットで広めてくれているらしい。

 お客さんが増えたのは、私ではなく彼女の広報活動のおかげであると言っても過言ではない。

 最近の女子高生は行動力がすごい。

 そんなわけで、彼女の時給も少し高くなっているし、売り上げが大幅に伸びたときは賞与を出していた。

 店長は30代の家庭を持った女性だ。

 男勝りで大雑把なのだが、経営力がある。

 従業員に丸投げしているというのは聞こえが悪いが、アイディアを出せば、すんなりと許可をくれる。

 「成果が出れば、相応の報酬を」を基本として、実際に成果をあげた従業員には年齢を関係なく多少の賞与を出す。

 そのためか、バイトとはいえ従業員のやる気は高い。

 「たかがバイト、されどバイト。仕事は仕事」という言葉がしっくりくる。

 そんなわけで、従業員の団結力はいいと思っている。

 たまに「近いから」という理由で入ってくるバイトやパートがいるが、もともと「ただ時間だけいて働くだけ」なんてことは一切しないコンビニなので、すぐに辞める人も多い。

 逆に、どうしてもと言って少し遠くから通勤してくる人もいる。

 言うなれば、特殊で変なコンビニとして有名なのだ。

 店長自身が少し変な人なので許されている。

 前は本社から色々言われていたらしいが、売上が多いことを理由に黙らせたと店長が嬉々として語っていた。

 それにフランチャイズ契約だから、本社も強くは言えなかったらしい。

 そんなわけで、私の退勤1時間前はレジとお客さんとのコミュニケーションが業務になるのだ。

 正直な話をすれば、人と関わることが苦手なので顔も覚えることができないから、声や会話の内容、表情の作り方、身体の動かし方から「あの人だ」と判断しているのだが、このことは誰にも言っていない。

 言ったら傷つけてしまうことがわかっているからだ。

 はっきり言ってしまえば、顔だけでは付き合いの長い店長すら判別できない。

 人と関わりたくないと思いながらもコンビニという接客業をしているかといえば、「嫌いなことほど仕事にしたほうがいい」という言葉を鵜呑みにしたからだ。

 その言葉も間違いではないのだと実感している。

 嫌い、苦手と思いながらも、それを仕事だと割り切ればなんでもすることができるし、笑顔を作ることができる。

 自分でもどうしようもない人間だと感じるけれど、それが私だから仕方ない。

 働かないと生活できないし、仕事は責任をもってしなければならない。

 だから、私は笑うことができるのだ。

「こんにちは、恵梨香さん!」

 デザイン系専門学校の女の子が笑顔で入ってきて私に手を振る。

「こんにちは、今日も可愛い服ですね」

 ファッションには詳しくないので、ブランドもどんな種類も名前もわからないが、自分に似合う服装がわかっているのだなと感心するくらい彼女に自然と馴染んでいる。

 どこの地域でも同じだと思うが、服飾系、美容系やデザイン系を学んでいる若い人たちの服はオシャレだ。

 私には似合わないし、着る勇気もない。

 こういう服はお金がかかるのもあるが、私はシンプルでラフな服装が好きなのだ。

「ありがとうございます!」

 声と、彼女の喋り方の癖、私に話しかけるときに片足を少しだけ出す仕草を見て、「いつもの子だ」と判断した。

 嬉しそうで可愛らしい笑顔の彼女は、いつも楽しそうにしている。

 課題の締め切りとか先生がうるさいとか言っていることは多いが、それすらも楽しそうに見える。

 学校が終わって飲み物を買ってからバイトに向かうそうだ。

 前に私の顔を見てからバイトに行くと頑張れると言ってくれたことがあった。

 嬉しい言葉ではあったけれど、それ以上に「私なんかに、そう思ってはダメだよ」という気持ちが膨らんだ。

 それを言葉にすることはしないけれど、私は彼女のことを心配するようになってしまった。

 だから、顔を覚えていなくても彼女のことが気にかかる。

「今日は天気もよくて、よかったですね」

「でも、授業中眠くなって先生に当てられましたよ~。座学は苦手です」

「私もそうですよ、働いていても眠くなります」

 彼女は私の目をじっと見て、目をきらきらさせる。

 なんだろうと思っていたら彼女がなんともいえない期待する目で見た。

「ほんとですか!?恵梨香さんでもそうなんですか!?」

「ええ…?もちろん」

 どうしてそんなことを言うのかわからなかったが、次の言葉でなんとなく理解した。

「恵梨香さんみたいな完璧な人でも、そんなことあるんですね」

「いやいや、私も人間ですよ」

 呆れたような笑いを浮かべてみたが、心の中では溜息をついていた。

 私のどこが完璧なのだ、こんなに曖昧で不完全な人間など、滅多にいないのだから。

 そんなことを考えていた。彼女は私が完璧だと思っている。

 それが誤解だと伝えたい衝動に駆られたが、ただのお客さんに言う必要はない。

「すみません、トイレ借ります」

新しく店内に入ってきた男性が、そう言ってトイレに向かって行った。

「どうぞ、奥になります」

 すでにトイレに向かって行った背中に定型句を述べて、目の前の彼女に笑顔を向けた。

「今日もバイトですか?」

「はい!居酒屋は賄いがあるからいいんですけど、今日は予約が多くて…」

「お酒が絡むお仕事は大変ですよね。友だちが割れたコップでケガしていました」

「たまにありますね~」

 友だちなんていないし、知識から適当に言っただけなのだが辻褄はあったらしい。

「せっかく綺麗な手なのですから、けがしないように気を付けてくださいね」

 これもただの定型句なのだが、彼女は嬉しかったようだ。

 心が痛まないわけではないが、これも接客業と言う職種がためなのだ。

「じゃあ、バイトいってきます!!」

 会計を済ませたお茶を持って、元気に手を振って自動ドアから出て行った。

 ずっとこちらを向いて手を振っているのでドアにぶつかりそうになっていたが、ぶつからずに意気揚々と帰っていった。

 いつも元気で羨ましいなと思いながらも、自分はなれない姿だと感じて虚しくもなるのだ。

「お願いします」

 ドアの向こうに消えていく彼女を見ていたら、先ほどトイレに行った男性が紙パックジュースをレジに置いた。

「すみません、お待たせしました」

 レジを打って会計を済ませて袋に入れて渡したら、男性は頭を下げて出て行った。

 コンビニにトイレを借りに来る人は多い。

 殆どの人は100円程度の商品だけ買っていく。トイレを借りたお礼ということなのだろう。

 中にはトイレだけ借りてそのまま出ていく人もいるから、こういう人は本当に素晴らしいと感動してしまう。

 時計を見たら、そろそろ退勤時間だったので隣のレジに声をかけてから事務所に戻った。

 少しだけ書類をチェックしてからタイムカードを押して家路についた。

 夕焼けが好きだ。明日も頑張ろうと思えるから。

 同時に、明日も生きていこうと決意することができる。

 

次のお話

第4話 理不尽でも仕事なら受け入れる。

 

 

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泪-rui-

主婦です。

気ままに活動しています。

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