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第7回 孤独と創作

 

目次はこちらから。

 

前回は、創作好きな人は孤独を好む傾向があるというお話をさせていただきました。
それは、自分の世界が確立されているからだと考えています。私自身も、孤独好きであり創作好きなので、その考えが出てきましたし、調べてみると世の中でも言われていることです。
 
創作は、なにがあるのかと挙げていくと、小説、漫画、映画監督、彫刻、陶芸、裁縫など、数多くのものがあります。大きな富を得ている方もいますし、趣味として楽しんでいる方もいますが、ただ1つ言えることは、「楽しんでいる」ということでしょうか。
創作を仕事にしていても、趣味であっても、創作している方たちは、とにかく楽しんでいます。昼間は会社員として働いていて、疲れていたりストレスがあったとしても、創作を趣味にしている方は家に帰れば「好きなことを楽しむ」ことができるので、人生を楽しんでいるように見えます。
 
よくネットコラムでも見かけるのですが、「老後になって一番問題なのは、趣味を持っていなかったこと」だそうです。長年勤めていた会社を定年退職したあと、なにをしていいのかわからなくて暇を持て余して精神的に落ち込んでしまったり、早期に認知症になってしまう可能性もあります。
 
創作を仕事にしている場合には「仕事が趣味」でいいのかもしれませんが、そうでない場合は仕事を趣味にしてはいけないのです。
 
 
私は、小説などの文章を書くことで創作活動をしています。つまりは、文字を書くのです。それには、あまりお金はかかりません。もちろんパソコンなどは必要になりますが、それ以外には特にお金がかからず、資料なども図書館に行けば読むことができますし、今はネット上にたくさんの情報がありますから、資料や情報に困ることがないのです。
 
文字を書くという創作活動に必要なのは、パソコンとネット環境くらいでしょうか。
 
 
イラストを描くこともありますので、画材道具も持っていますが、そんなにお金がかかっているわけではありません。私は、色鉛筆をメインに使用しているので、色鉛筆と画用紙があれば大丈夫ですし、たまに気まぐれで別の画材を試します。
 
今はペンタブなどでパソコン上でイラストや漫画が描けますので、デジタル画であれば最初に道具を揃えれば、それ以降は殆どお金がかかりません。ちなみに、私はデジタル画は苦手なのでアナログで描いています。
 
 
これは、私が好きな創作活動の種類に関してです。
創作の中にも、お金がかかるものがありますが、私が好きな創作に関しては、そこまで大きなお金はかからないのです。
 
それでも、小説、漫画、陶芸、裁縫など、すべての創作活動に共通していることは「没頭できる好きなことがある」ということです。
 
私も大人になってから知ったことなのですが、「没頭できる好きなことがある大人」は多くありません。あったとしても、お酒を飲むことであったりギャンブルだったりと、言い方は悪いかもしれませんが、その場限りの楽しみであったり、身にならないことだったりで、「やりきったぜ!」という満足感を味わうことができるものではありません。
 
仕事が忙しいから、好きなことをする時間がないという方が多いですが、私から言わせればお酒を飲む時間はあるし、ギャンブルに行く時間も、それに費やすお金もあるのだから、時間がないわけでもお金がないわけでもないと感じます。
 
「いい大人が、好きなことに熱中しているなんて恥ずかしい」と言われることもありましたが、仕事と酒とギャンブルしか楽しみがない人に言われても、納得いくわけがありません。
 
 
そんな人たちから離れて、孤独好きである自分を受け入れられるようになってから気づいたことは、「好きなことがあって夢中になれるものがあることが、羨ましいから否定するんだな」ということです。
要するに「嫉妬」「妬み」です。
 
 
「天才を殺す凡人」という言葉がありますが、才能を潰すのは妬みからくる否定なのです。
創作好きは、感受性が鋭いので否定の言葉を浴びると、自身を無くしてしまします。私もそうでした。自分の世界を否定されることで、自身を無くし精神的に止んでいきます。
そのことからも、創作好きな人間にとって「孤独であること」は、とても大事なことです。
 
創作に没頭する時間、構想を練る時間、空想や妄想の時間を邪魔されることによって、本来の才能が潰れてしまうのです。
 
 
昭和や平成の前半は、インターネットがあるわけでもなく、個人で作品を公開する手段も少なく、それもお金をかけないとできないことでした。
 
今は、必ずといっていいほどインターネットを使うことができて、小説やイラストの投稿サイトも数多くあります。広告収入を得ることもできますし、投稿サイトでも投稿者が収入を得ることができるシステムも増えています。
フリマアプリもありますし、作ったものを販売したり、電子書籍として販売することも可能です。
 
 
昔は、創作をしていてもお金に変えられるのは一握りしかいませんでしたが、今は誰でもチャンスをつかめる時代なのです。
 
創作や孤独を否定していたのは、「その人が生きていくためのお金を稼げないから」という善意ということもあったのかもしれません。
けれど、今は時代が違います。
 
創作好きは、孤独を愛する人間であり、協調性が欠けていたりもしますが、それでも方法さえ知っていれば稼ぐことができて、生活に支障を出さないこともできるのです。
 
 
昭和時代は「創作なんて稼げない」ことが、当たり前です。
令和時代は、方法さえわかっていて、頑張ればなんとでもなるのですから、創作好きなことも孤独好きなことも否定する理由はありません。
 
単純な話、うまくいけば会社員として働くよりも大きな収入を得ることができます。
所謂「不労所得」ですね。
 
 
好きなことをしている、没頭していて楽しそうに生きているということの羨ましさと、「殆ど家にいて、気ままに創作しているだけのやつが、俺より稼ぐようになるかも…」という妬みから、創作していたり孤独を楽しんでいる人間を否定するのかもしれませんね。
 
みんな「孤独であるのが強みである」ことを、本能的に知っているのですよ。
 
 
孤独を否定する行為は、本能なのだと考えています。
ゆえに、否定する理由は特になくても、否定してしまうのです。
実際、否定する人には明確な理由があるわけではありません。
 
私も否定する理由を尋ねたことがありますが、特に明確な理由を聞いたことがないのです。
 
 
結局は、創作が好きで、孤独を愛している人間が羨ましいだけですね。
 
 
 
【次のテーマ】
 
 
次回は、「孤独を否定したくなる気持ち」を詳しく考察していきます。

 

次回

第8回 孤独を否定したくなる気持ち
 
 

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